がんの痛みとモルヒネ
参考図書
1.ターミナルケアマニュアル 第3版 淀川キリスト教病院ホスピス編 最新医学社 1997.4 2000円
2.ターミナルケアの症状緩和マニュアル Gary A. Johanson 著 吉原幸治郎訳 プリメド社 1998.3 2400円
3.疼痛コントロールのABC 日本医師会雑誌 生涯教育シリーズ46 日本医師会 1998.6
1.麻薬性鎮痛薬
脊髄や脳、腸管などにあるオピオイド(麻薬様物質)受容体に結びついて鎮痛作用などを示す。モルヒネ、リン酸コデイン、フェンタニルなどがあり、同じ量で比べると、コデインはモルヒネの約1/8〜1/6の強さである。
2.拮抗性鎮痛薬
オピオイド受容体にはいくつかの種類があり、モルヒネはどの受容体にも作用するが、拮抗性鎮痛薬は、一部の受容体にはモルヒネの作用を邪魔するように働く(拮抗する)ため、拮抗性鎮痛薬と呼ばれる。よく使われるのは、ペンタジン(ソセゴン)、レペタン、スタドールなどがある。
ペンタジンには注射薬、経口薬があり、レペタンには注射薬と坐薬があるが、レペタン注射薬はシロップと混ぜて経口投与できる。これらは麻薬扱いをしなくてよいので事務手続き上使いやすい、また癌性疼痛以外にも使用を許されている。モルヒネの作用を邪魔するため、これらをモルヒネと同時に使ってはいけない。
レペタンはモルヒネとちがって天井効果(cieling effect)があり、1mg筋注以上使っても効果が増えない。同じ量ではモルヒネの25倍の強さがあり、作用持続が長い(6-9時間)。主な副作用は吐き気、めまい、ふらつき、呼吸抑制、眠気など。モルヒネ不耐性の人に使ってみることができる。
ペンタジンは効果持続が短く、精神異常発現がモルヒネより多いのであまり良くない。
3.ナロキソン
ナロキソンはオピオイド受容体に結びつき、モルヒネなどの作用をうち消す(拮抗薬)。モルヒネによる呼吸抑制で危険なときに、それを回復させることができるが、同時に鎮痛作用もうち消されるので注意が必要である。
レペタンは受容体との結びつきが強いので、ナロキソンは効かない。
4.モルヒネの作用
(1) 中枢神経作用: 鎮痛、気分昂揚、催眠、鎮咳、呼吸抑制、催吐(吐き気を催す)
(2) 末梢作用: 腸管・膀胱の平滑筋緊張亢進→便秘、腹満、排尿困難 ヒスタミン遊離→かゆみ
5.身体的依存と精神的依存
(1) 身体的依存: 継続投与後に突然中止すると退薬症状(頻脈、発汗、下痢などの自律神経症状の嵐)が起きる
(2) 精神的依存: その薬剤欲しさに、異常な問題行動を起こすこと。がんの痛みに使う限りは、こうしたことは起きない。
6.耐性
反復投与で効果が減少してくること。
(1) 耐性ができやすい作用: 呼吸抑制、吐き気、眠気など→初回投与時は呼吸抑制に注意
(2) 耐性ができにくい作用: 鎮痛、止瀉作用
7.代謝排泄(体で解毒して体外へ出す方法)
肝臓で代謝され(グルクロン酸抱合)、腎臓から排泄される。肝機能、腎機能が悪いと作用が長引いたり強く出たりする。
8.モルヒネ製剤の種類と特徴
(1) 塩酸モルヒネ末 シロップにとかして使う。吸入液に混ぜて咳止め、鎮痛薬としても使える。持続は4時間。効き始めまで15分くらい、最高血中濃度まで30分くらい。値段が安い。
(2) 塩酸モルヒネ錠 10mg
(3) MSコンチン(硫酸モルヒネ徐放錠)10 ,30, 60mg 持続12時間、効き始めまで1時間以上、最高血中濃度まで3時間。手軽。値段が高い
(4) アンペック坐薬(塩酸モルヒネ坐薬) 10, 20mg 持続8時間 効き始めまで30分くらい、最高血中濃度まで90分。経口薬の1/2量で同じくらいの効果あり(一部が肝代謝を受けずに直接循環血液中にはいる)。値段は高い。
(5) アンペック注(塩酸モルヒネ注射薬)10mg/1ml 50mg/5ml 経口投与の1/3〜1/2くらいで同等以上の効果がある。皮下注、持続皮下注、IVHルートなどから使う。特殊な方法として硬膜外投与法があり、より少ない量(経口の1/15量)で鎮痛効果があり、意識を清明に保ちやすい。
9.モルヒネ製剤の値段(保険請求する値段 自己負担はこの0-30%)
塩酸モルヒネ末 10mg 24円 MSコンチン1錠 10mg 289円 30mg 787円 60mg 1479円
アンペック坐薬1個 10mg 343円 20mg 644円
アンペック注1アンプル 10mg 340円 50mg 1550円
10. モルヒネの使い方の基本
(1)WHO方式 段階的使用(by the ladder)
NSAID屯用→定時使用→弱オピオイド(リン酸コデイン+基礎併用薬)またはレペタン→リン酸コデイン240mg/日以上→モルヒネ
定時的投与(by the clock) 痛みが出る前に使う
(2) 生命予後で決めるのではなく、痛みの強さで必要に応じて使う事が大切。
(3) モルヒネ単独ではなく作用のことなるNSAIDなどを組み合わせて使う。
(4) 副作用対策を確実に最初から
(5) 天井効果がないので、充分な鎮痛が得られるまで増量。ただし、神経因性疼痛などモルヒネが効きにくい痛みについて知識を持ち、120mg/日でも押さえられなければ、鎮痛補助薬の使用や神経ブロックも考慮する。
11.モルヒネ投与導入の実際
(1) 1日必要量のモルヒネシロップを用いた決定
1回2〜10mgのモルヒネシロップを4時間毎に投与。24時間後に効果判定。不十分なら1回量を増加させていく。5→10→15→20→30→40→60→80mgというように
就寝時に1.5〜2回分を投与して深夜投与を省くことが出来る。
高齢者、全身状態不良、重度の肝障害患者では6時間毎の投与でよい。
( 2) MSコンチンへの切り替え
上記の方法で1日量が決まったら、その1/2量をMSコンチンで12時間毎投与とする。
(3 ) 初回からMSコンチンを使う場合は 10mg錠1錠を12時間毎に投与し、24時間後に判定。不十分なら50%をめどに増量していく。
12.レスキュードーズ(rescue dose 疼痛時屯用 普段決めた量を使っていても突然痛みが強くなったりした時に使う量)
疼痛管理の目標は 1.夜間痛み無く熟睡できる 2.安静時の痛みがない 3.体動時も痛みがない という順である。モルヒネを定時使用中に急に痛みが出現したときは、1日量の1/6をモルヒネシロップまたはアンペック坐薬で用いる。
注射薬を用いている時は1日量の1/20または1時間量程度を早送りなどの方法で投与する。
13.経口摂取が出来なくなったとき
1/2量を8時間毎坐薬で使用するか、1/3量〜1/2量を持続皮下注などの方法で使う。
死亡直前の半昏睡でもそれまでの1/4量程度を使い、退薬症状を防ぐべきである。舌下投与でも血中濃度はある程度あがる。
14.急いで注射薬で1日量を決めるとき
塩酸モルヒネ注射薬2〜5mgを10分ごとに痛みが無くなるまで皮下注するか、または5分ごとに静注し、その合計の4倍量を1日量とする。
15.副作用とその対策
(1) 便秘
必ず最初から緩下剤を併用。カマグ、プルゼニドまたはラキソベロン。それで2日間でなければレシカルボンまたはテレミンソフト坐薬、それでもだめならグリセリン浣腸をし最低3日に1回は確保。
(2) 吐き気・嘔吐
短期間で耐性ができるため2週間程度で制吐薬が不要になる場合もある。プリンペラン、ナウゼリン、ノバミンなどが使われるが、セレネース1.0-1.5mg眠前が最も有効。吐き気が強い時は一時的に非経口投与にしたり、薬剤を変更(レペタン、フェンタネストなど)したりする。
(3) 傾眠
投与開始時に多い。それまでの睡眠不足から解放されることでもおきる。2-3日そのままみて、痛みが全くなければ減量。5日間くらいで耐性ができる。痛みで減量できなければリタリンの併用で覚醒をはかる。
(4) 錯乱、幻覚
高齢者に多い。少量から開始。セレネース1.5-5.0mg/日が有効。だめなら薬剤変更。
(5) 呼吸抑制
肝・腎機能が悪いとき、過量投与をしたとき、神経ブロックなどで突然痛みがとれたとき、急速な静注などをしたときにおこりうる。
対処は、減量または中止すると共に、刺激して深呼吸をうながし、肩枕・coma positionなどで気道を確保し様子を観察、だめならナロキソン静注で拮抗する。挿管が必要なことはまずない。
(6) 過剰投与のモニターとして呼吸回数、瞳孔径を観察する。
睡眠時呼吸回数<10回/分または瞳孔径<3mmで要注意、呼吸回数<5回または瞳孔径<2mmで中止。
16.その他
アンペック坐薬とNSAID坐薬の併用では、インテバン坐薬ではモルヒネの血中濃度が低下し、ボルタレン坐薬ではあがる。
下血があると坐薬は吸収されにくくなる。
胸水、腹水へは血液中と同じくらいの濃度にモルヒネが移行する。